この1月は当管理人がアーケード基板を始めて満20年になる。当時は大学時代で実家を離れており、経済事情は良くなかった。そんな中、1枚数1000円と家庭用ゲーム機のソフトとあまり変わらない価格のタイトルからスタートした。コントロールボックスは木で枠を作るなど自作し、格安のビデオ端子付きテレビを用意して臨んだ。

当時は時々ゲーセンに通う一方、雑誌「ゲーメスト」も愛読していた。その中にはいやでも基板ショップの広告が目に入り、基板への興味が沸いてきた。当時家にはファミコンやPCエンジンといった家庭用ゲーム機があったが、家庭用の移植モノに充分満足できないものもかなりあった。

基板は1000円や2000円から数万円かそれ以上まであるが、経済的に手を出せるものから手を付けていった。コントロールボックスの完成品は3万円位からあるが当時の自分には高く、かねてより電子工作をやってきた腕を生かしてコントロールボックスを自作した。幸か不幸か始めた当初は縦画面のゲームがなかったため、しばらくテレビでプレイしていった。翌年、縦画面に対応できる様むき出しになった専用のモニターを購入し、木で外装を付けていった。

更にはビデオ映像をRGBに変換する回路を内蔵し、映像セレクターに加えビデオデッキの電源にモニターの電源が連動するAVコントロールボックスも作成して暫定的に運用し、専用モニターをテレビ代わりに使える様にした。尚、音声はミニコンポにつなげる様にし、映像・音声共に迫力あるものを楽しめる様にした。

さすがに全てのやりたいゲームを基板というのは経済的に無理であり、初代PS版ナムコミュージアムシリーズなどで代替できるものは代替した。そうできる様にコントロールボックスを初代PSなど一部の家庭用ゲーム機にも接続できるインターフェイスも作成した。アーケードインターフェイスと名付けたが、他にPCエンジン版も作成したが、ファミコンは部材が思う様に手に入らなかった事もあって作成できなかった。

90年代終盤に大学を卒業し、札幌の実家に戻ってきてからも基板生活は続いたが、2001年の春に自身初のデスクトップPC購入を控えていた事が転機となる。PC用モニター(当時はブラウン管です!)導入で手狭になるのと燃えないゴミ処分の有料化のため、専用モニターを泣く泣く処分した。更にPCを購入してからはRGB接続ができなくなったり、コントロールボックスはガタ付いてしまい、基板環境が悪化していった。

更にインターネット接続してからはエミュレーターやオンラインゲームにはまり、結果同年1月を最後に基板から離れていき、更には2002年夏を最後にゲーセンにも足を運ばなくなった。この辺りから特に冬場を中心に仕事が忙しくなり、加えてホームページ作成や運営も忙しくなり、基板を顧みる暇すらなくなってしまった。

長い年月が経過してしまったが、2010年3月にヤフオクで約9年振りに基板を購入したが、そのきっかけはかつてはまったオンラインゲームのアーケード版である、新たにコントロールボックスの土台にブラスト筐体のパネルベースも購入し、少しずつ準備を進めていった。そして2012年秋にようやく新たにコントロールボックスを暫定完成させ、約11年振りに家で基板のゲームができる様になった。

以後も少しずつ基板を購入しているが、ここ10数年は特に冬場仕事が非常に忙しくなっており、家でゲームを心置きなくできる機会も少なくなっている。それでも数年後に経済的・時間的充足ができる日を目指して今取り組んでいる所である。