1995年12月サークルの忘年会にて「ウルトラマン」基板稼働中
1995年12月サークルの忘年会にて「ウルトラマン」基板稼働中

当管理人がアーケード基板を始めたのは大学時代の1995年1月になる。デジタル化した写真を整理していたら、その年の12月にサークルの忘年会で基板を動かし、仲間とプレイしたという1枚が出てきたので紹介する。この時はアーケードそのものの迫力を見せようと、自作のコントロールボックスと基板少々を持参して参加した。当時は初代PSやセガサターンといった、32ビットの「次世代機」と呼ばれたゲーム機が登場してそれ程経っていない頃である。

写真では「ウルトラマン」を動かしているが、このタイトルを選んだのには後述するサークル活動中での出来事があった事が大きい。他にも「ストリートファイターIIダッシュ」なども動かし、対戦が白熱した。尚、映し出しているのは備え付けのビデオ端子に対応した普通のテレビであり、まさに家庭用ゲーム機を動かすのと何ら変わらないものである。但し、音声はコントロールボックスのスピーカーから直接出力させた。

今この写真を見れば、コントロールボックスは当時の主流の仕様に準じている。現行のアストロ・ブラストパネルベースより横幅が若干狭いエアロパネルを用いており、レバーやボタンの色使いも当時のストIIシリーズのパネルそのものである。当初はコントロールボックス本体にスピーカーを内蔵して基板から直接音を鳴らしていたが、後に改良して外部音声出力にも対応し、アンプに接続したりビデオ録画も行える様にした。

当時家ではまだ専用モニターを手に入れていなかったため、ここで紹介していたのと同様普通のテレビでやっていた。幸か不幸か、当時はまだ縦画面でやるタイトルを入手していなかったため、専用モニターを持たなくてもできた。それから1・2年で専用モニターを手に入れ、縦画面のゲームもぼちぼち増えていき、アーケードゲームを家でやる環境が本格的に整っていった。

このサークルは登山や野外活動など自然をテーマとしたもので、その仲間との登山も何度となく行った。私が入学した年のGWで岩手・秋田県境にある和賀岳での合宿の帰りに秋田県側の奥羽山荘に寄ったが、ゲームコーナーにその「ウルトラマン」があった。効果音やボイスがリアルであり、先輩がプレイしたらとても興奮していたのが印象的だった。尚、「ウルトラマン」の基板は購入当時はもちろん、それから20年近く経った2013年現在でも非常に安価であり、下手すれば家庭用版の中古ソフト並みである。

考えてみれば、当時「ウルトラマン」はリリースされてからまだ5年も経過しておらず、「ストリートファイターIIダッシュ」に至っては4年も経過していなかった。特に90年代のタイトルは、業務用がリリースされてから5年以内に基板として手に入れてできるものは少なくなかった。その一方で、90年以前のナムコのゲームは高過ぎて手を出せなかったものが多く、まさにPSの「ナムコミュージアム」頼みでした。

後にも先にも家の外に基板とコントロールボックスを持ち出して出先でプレイするのは、現時点でこれが唯一である。特に札幌に戻ってからは10年近いブランクもあり、友人などと一緒にやる事はなかった。そのうち液晶画面を使いかつ小さい基板のみに対応したコンパクトなシステムができれば、より手軽に基板の持ち出しができるかもしれない。そうなれば仲間内の飲み会などでもワイワイやれそうだ。

但し、手軽に持ち出せる様になるのは、消費電力も考慮するとそのシステムに収まるかなり小さい基板になるだろう。この記事で紹介したタイトルでは基板がはみ出してしまい、収める事はできない。特に80年代の古い基板は大きいものが多く、90年代以降は小さめの基板がより多くなったもの、ソフト交換型のいわゆるシステム基板などそれなりの大きさ以上のものも少なくないものである。