業務用モニターシステムとミニコンポ 業務用モニターシステムとミニコンポAVコントロールボックス(中)とS-VHSビデオデッキ(下)それぞれ裏側 AVコントロールボックス(中)とS-VHSビデオデッキ(下)それぞれ裏側AVコントロールボックス(中)とS-VHSビデオデッキ(下) AVコントロールボックス(中)とS-VHSビデオデッキ(下)業務用モニターシステムとミニコンポ全体 業務用モニターシステムとミニコンポ全体

これらの写真は2000年秋に千歳の半導体工場の独身寮にいた時に撮影したものである。4番目の写真に別の風景写真が重なって映っているのをご容赦願いますが、独身寮の近くの風景であり、中央部に写っているのは樽前山である。尚、独身寮は道央道より西側にあり(泉沢向陽台)、千歳市街の中でも西寄りに位置している。

当時は既に業務用モニターで基板のゲームを楽しむだけではなく、業務用モニターをテレビ代わりに使っていた。そのシステムは1997年に暫定完成させており、縦画面のゲームを縦画面のまま録画し、縦画面のまま再生して見る事ができる。又、そのシステムそのものにも別にリモコンを設けたり、現実的でなかったがかつてはPCも接続させる構想もあり、そのために15ピンのRGB端子(VGA端子とは異なる)も備えていた。

4番目の写真を見てみると、左下の台の上に外装した業務用モニターが載っており、その下の台には上から順にAVコントロールボックス、S-VHSビデオデッキが収まっている。右側の自作の棚の中には上側にミニコンポが収まっており、その下に上から順にカセットテープの収納ケースとビデオテープの収納ケースがある。モニターはブラウン管であり、18インチでも縦横変換するために持ち上げるのはたやすい事ではなく、29インチなんて導入するのは経済的な面も含めて考えられなかった。又、録画や音楽のメディアはまだアナログであり、PCを持っていなかった時代であった。

1番目の写真では業務用モニターにテレビの映像が映っているが、それはモニターの下にあるAVコントロールボックスでビデオデッキからのビデオ信号をRGBに変換し、モニターに出力しているからである。それだけではなく、ビデオデッキの電源に連動して業務用モニターの電源もコントロールできる様にしているのである。まさに業務用モニターをテレビ代わりに使うためなのである。ビデオデッキの電源プラグもAVコントロールボックスのコンセントに差し込まれているが、ビデオデッキの100Vの線を流れる電流の微弱な磁気を小さいコイル状の部品が読み取り、増幅して業務用モニターの電源の切り替えも行っている。

業務用モニターは横画面に置いた時の下側だけではなく、両側の側面にゴム足が付いている。というのも縦画面にした時、横画面時のそれぞれの側面がどちらでも下に来てもいい様にしているからである。その違いはゲームというかメーカーによって異なり、ナムコやコナミは右側面が下で、それ以外は概ね左側面が下である。正面右下に主電源のスイッチがあり、ビデオデッキをテレビ代わりに使う時はONに入れっ放しにしている。正面左下のランプはモニターの水平周波数を示しており、手動で切り替えられる様になっているが、残念ながら切り替えて使用した事はない。

AVコントロールボックスは業務用基板専用端子を含むRGB端子を切り替えるのみならず、ビデオ信号も切り替えてRGBに変換するのである。入力は業務用基板から1系統、15ピンRGB(上記)を1系統、21ピンRGBを3系統、ビデオ信号を3系統備えている。又、ビデオ信号はそれぞれS端子と通常のビデオ端子とを独立して切り替えられる様になっている。出力であるRGB OUTは、同じ8ピンなのに映像と音声が別々に出力される。8ピンで映像が出力され、RCAピンで音声が出力され、ミニコンポの外部入力端子に入る。 コンセントは業務用モニター用とビデオデッキ用とを備えており、それぞれ上述した仕組みで制御している。

この後残念な事が以下の2点起こってしまった。当管理人が半導体工場を僅か3ヶ月で切られてしまい、当然ながら退寮となり実家に戻る事となってしまった。更に業務用モニターが部屋のスペース上ブラウン管(当時液晶は高かった;;)PCモニターの導入の邪魔になるのと、札幌市で大型ごみ有料化を控えていたために処分する事となってしまった事である。上の写真の頃より半年程でモニター処分という憂き目になってしまった。もっとも、半導体工場を切られなければ独身寮にまだいる状態であり、札幌市ではないので業務用モニターの処分はスペース的に免れたかもしれない。

以後、PCは予定通り導入したが、PCモニターに業務用基板の映像を映せる体制が不備になり、更にコントロールボックスがガタ付いてボロボロになってきた事もあって次第に基板から遠ざかって行った。インターネット接続できる様になってからオンラインゲームにはまったり、仕事やホームページ制作に忙しくなり、ゲーセンに足を運ばなくなるのはもちろん、長らく基板から遠ざかる事になってしまった。