当管理人が基板を始めたのは大学時代の1995年1月である。それ以前は何と入力がアンテナ(RF)端子のみのテレビで、初代ファミコンやPCエンジン(白、RF端子のみ対応)をやっていた。PCエンジンはCD-ROMのメディアはまだなく、Huカードのみでした。業務用からの移植モノは結構あったが、一部を除いて満足できないというか、画面表示などアーケード版と比べて明らかな差異があり、「アーケード版はどの様になっているだろうか」と思ったりもした。

特に80年代終盤や90年代前半は当管理人にとって受験の時期であり、特に高校受験の時期はゲームセンターに全く通わなかった事もあって経験しなかったゲームも少なくなく、上記の様な好奇心が芽生えたりもした。中には受験前に雑誌などで存在を知りながらアーケード版は全く経験せず、当時の家庭用を経て90年代半ば以降ようやくアーケード版に触れたり、場合によってはセガサターン(以下SS)版やプレイステーション(初代、以下PS)版で初めて触れたものもあった。

ゲームセンターに本格的に通う様になったのは大学に入ってからである。当時ストリートファイターIIシリーズが大ヒットし、ネオジオを筆頭に対戦格闘ゲームが流行り出した。又、1994年辺りから雑誌「ゲーメスト(現アルカディア)」を愛読する様になったが、その中に基板ショップの広告もいくつかあるので、自ずと目に留まる様になる。

当時はSSやPSといったいわゆる32ビットの「次世代機」が登場した頃であった。従って、アーケードゲームの見た目がほとんど変わらない忠実な移植はようやく始まったばかりであり、ナムコミュージアムシリーズの第1弾ですらまだリリースされていなかった。そんな中登場したPS版雷電プロジェクトは業界初の縦画面モード搭載であり、それもアーケード版と全く同じ縦画面にできるのは画期的だったのを覚えている(後に購入した)。

それ以前のX68000に移植された縦シューティングなど縦画面のゲームは、非常に移植度が高くても縦画面モードが搭載されていなかったのがネックである。後に移植されるオリジナルが縦画面のゲームはナムコミュージアムシリーズをはじめ、縦画面モードが「標準装備」の様になってくる。SS版ではレイヤーセクションやバトルガレッガ、怒首領蜂といった縦シューティングの他、セガエイジズシリーズも対応している。そうなってくるとSS版やPS版であっても、縦置きできる専用モニターが欲しくなってくる程である。

そんな中まだSSやPSはもちろん持っていなかったですが、アーケード基板を購入しようという動きになってきた。当時PCエンジン版地獄めぐりをクリアしたのですが、本物のアーケード版はどうなっているのだろうかという好奇心に駆られた。更に基板が安価だった事もあり、当時あった東京・品川の基板ショップから購入、地獄めぐり・パイプドリームを5,000円で、ウルトラマンを3,000円と1枚数1,000円と家庭用ゲーム機のソフトとあまり変わらない価格のタイトルからスタートした。パイプドリームは高校の時の修学旅行中に触れ、ウルトラマンは大学のサークルで行った温泉を始め、何度かやってきた。

一方、コントロールボックスは既製品は高価で経済的に余裕がないため、最低限の8方向レバー6ボタンダブルコンパネを数1,000円で購入し、木で枠を作るなどして自作した。ビデオコンバーターを揃えた他、テレビは最低でもビデオ端子を装備したものが必要である事がわかり、急遽格安のビデオ端子付きテレビに買い換えた。幸か不幸か始めた当初は縦画面のゲームがなかったため、しばらくそのテレビでプレイしていった。